特攻が一般には向かないなと思う理由

特攻の上昇気流

歌舞伎町の大奥 

ローストビーフ最高!この素晴らしい厚み
フォアグラ、大好き食べすぎは要注意ですけどね
赤と黒のゲキジョー 
安室奈美恵 / 「Birthday」

HAPPY HAPPY BIRTHDAY  ドリカム

軽くシャンパン
素敵な誕生日パーティーを開いていただきました女にとって、年をとるというのは考えたくもないのですよね わたくしの場合、1年ずつ年が若くなっております(笑)思うだけなら自由ですからね
美味しいものを食べて大満足ありがとうございました     
極道めし
生きる喜び たとえ胸の傷が痛んでも 
生きる道にノルマはないよ
『監獄のお姫さま』 『監獄のお姫さま』第一弾ティザー 更生するぞー! 更生!!
碧琥姐さんありがとうございました
特攻櫻花天人菊の如く…☆下獄の月夜に…☆冤罪無期懲役☆愛 オフィシャルブログ
      
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歌舞伎町という暗黒街3

特攻のことはもう忘れましょう。あいつはもうだめだ。

1947年12月、敗戦後初めて被爆地広島に入った時の天皇裕仁。 何の痛痒も感じない能天気な無責任ボンクラおやじにしか見えません。実際、後年そのような発言をして顰蹙を買っています(本文参照)。    昭和天皇裕仁(ひろひと)は、日本史上最も軽蔑に値する人間だと幼い頃から考えていて、その思いは今もまったく変わりません。以下のことは、これまで何度も書いていますが、どれほど書いても書きつくせるということはないでしょう。      1975年10月31日、日本記者クラブ主催の公式記者会見の席上、天皇裕仁は、広島の原爆被災についてきかれ、「原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾には思ってますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむを得ないことと私は思ってます。」と他人事のように無神経な発言をして物議を醸す。そして当然のように被爆者団体から抗議を受けました。
        また戦争責任については、「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。」と戦争責任を 「言葉のアヤ」 と解し 「文学方面」 の問題と茶化したような不真面目でしらを切った返答をして、記者に呆れられています。
       
裕仁の記者会見時の映像(抜粋):→ https://www.youtube.com/watch?v=NQhVOTS0j7A&NR=1(Youtube版)
→ http://www.nicovideo.jp/watch/sm23125825(ニコニコ動画版)
  
なお、記者会見全記録など詳細は 「原子爆弾と昭和天皇裕仁氏」(2013. 8. 6.) をご覧ください。→ http://ameblo.jp/hirai-h/entry-11587135933.html
        この記者会見からも分かるとおり、まさに昭和天皇裕仁は、百田尚樹の言葉を借りて、「人間のクズ」というべきでしょう。
この裕仁という男は、死んで25年余り経た今なお責任を追及すべき対象であることは、これまで何度も述べた通りです。
               
江戸時代、一般民衆には忘れ去られていた天皇が、大日本帝国憲法(明治憲法)によって突如、統治権の総攬者となり、国民は全て天皇の臣民とされ、現人神として崇めることを強要されました。そして日本陸海軍が天皇の直属に位置づけられました(後にこれが大問題を生みます → 統帥権干犯問題等 )。
       ただし天皇の地位はかなり名目的なものだったのも事実で、実際には天皇を取り巻く組織が輔弼(ほひつ)する形をとっていました。要は天皇は無能ボンクラでも務まったのです。(事実、大正天皇は脳の障害により実務に支障があったものの、政治は何ら支障なく運営されました。)要は、政権や軍の中枢が天皇の権威を盾に、自らの意に沿った国家運営をなしたと見るべきです。本当のワル(実力者)は天皇に心酔などしていません。利用することを考えたのです。          
裕仁の息子現天皇明仁(あきひと)も、どう見ても凡庸無能の域を出ません。 さらにその長男で次期天皇候補の皇太子徳仁(なるひと)も、それに輪をかけたボンクラであることは誰の目にも明らかでしょう。         
しかし実は、このように天皇・皇族個人を「人間のクズ」や「ボンクラ」と罵ることは、天皇一族など大した存在ではないという実態の認識を広めることに役立つのみで、それ以上の意義はさほどありません。                         むしろ本当に重要なのは、戦前・戦中の天皇制がどのような経過をたどり、どのような影響を与えたかを、「菊タブー」を恐れず、しっかり見つめ批判することです。真に警戒すべきは、天皇を利用し権勢を振るおうと企む者たちですから。                                   統帥権干犯問題(1930年)、五・一五事件(1932年)、天皇機関説排撃事件(1935年)、二・二六事件(1936年)等を通して、軍部やその支援勢力が、名目的存在の天皇を、いかに都合よく利用し、独断専行暴走していったか、その過程を分析検証し、後世への教訓にすることこそ必要な作業です。
                                         天皇制度が、軍部をいかに増長させ制御不能の怪物にしたか(特に昭和以降)、それがいかに日本を日中戦争の泥沼に追い込んだか、なぜ米国の挑発に乗り10倍もあった国力差を無視して日米戦争に突入し、玉砕や特攻など非人間的作戦を敢行したのか、なぜもっと早く和平工作を行ない犠牲を抑えることができなかったのか、なぜ「天皇陛下万歳」や「天皇陛下のために命を捧げよ」のもとに、多くの兵士や市民が理不尽な犠牲を強いられたのか・・・その背景や原因を明らかにし、さらにその責任を追及することを粘り強く続けるべきだと考えます。その責任は、決して天皇にだけにあるのではなく、天皇を含めた多くの人間と組織が負うべきであることは間違いありません。 
追記 (2014. 9. 2.) :
この記事について、あるご年配らしき人物から電話があり、激しい口調で、「畏れ多くも天皇陛下を人間のクズだのボンクラだの言うのはとんでもない、不敬だ、けしからん、すぐ記事と写真を削除しろ!」という旨の脅迫じみた抗議を受けました。
でも絶対に削除しません。 いまだにそんな時代錯誤的なことを言う人間がいることが残念です。 いったい天皇のどこが畏れ多いというのでしょうか。
たしかに、右翼保守思想や皇国史観の持ち主、皇室ファンの人々にとって、このブログの記事の内容や表現、写真の使い方が、不愉快なことは容易に想像できます。
無論一般人への批評には特別な配慮が必要です。 しかし、天皇は日本国家において憲法はじめその他の法令が定める重要な位置を占める公人中の公人です。 よって政治家と同様、天皇も当然自由に批評・論評の対象にすることができます。よって法律上も社会通念上も何ら問題ありません。
ましてこのブログは、冒頭のブログ趣旨に明記したとおり、「祖国日本を愛する日本人の一人として、タブー、特に『菊タブー』つまり天皇・皇族に関する禁忌、それに一切臆することなく、一般とは異なった視点から、特に幼少時から関心のあった『天皇』の問題を中心に意見を述べる」ことを目的としたものです。 いわゆる自虐史観や反日思想とはまったく無縁です。
今後も自らの良心・信条に従い、天皇に関した主張を積極的に述べるつもりです。
                   
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